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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18821号 判決

原告

梅津香子

ほか二名

被告

渋谷信雄

ほか一名

主文

一  被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、金三五八万五九九四円及びこれに対する平成六年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、連帯して、原告らそれぞれに対し、金五九三万四九一八円及びこれに対する平成六年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(当事者間に争いがない)

一  本件事故の発生

1  事故日時 平成六年一二月一九日午前六時二〇分ころ

2  事故現場 千葉県柏市豊四季二〇番地先道路(以下「本件道路」という。)

3  被告車 普通貨物自動車

運転者 被告渋谷信雄(以下「被告渋谷」という。)

保有者 被告鉄道信号株式会社(以下「被告会社」という。)

4  事故態様 訴外伊藤やゑ子(当時七二歳。以下、「訴外やゑ子」という。)が、本件事故現場の信号機の設置されていないT字路交差点付近の本件道路を横断していたところ、左方から進行してきた被告渋谷運転の被告車が訴外やゑ子と衝突し、訴外やゑ子が死亡した。

二  責任原因

1  被告渋谷

被告渋谷は、被告車を運転し、被告車を、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

2  被告会社

被告会社は、被告車を訴外日産カーリース株式会社から借り受け、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

三  相続

原告らは、訴外やゑ子の子であり、唯一の相続人であつて、訴外やゑ子の損害賠償請求権を相続した。

第三損害額の算定

一  訴外やゑ子の損害

1  治療費 二一万四八三八円

当事者間に争いがない。

2  雑費 一三〇〇円

甲六及び弁論の全趣旨によれば、訴外やゑ子は、本件事故によつて一日間入院して治療を受けたことが認められるところ、右入院期間中に雑費として、経験則上一日当たり一三〇〇円を要したと認められるので、雑費は一三〇〇円と認められる。

3  付添費 六〇〇〇円

前記のとおり、原告は、一日間入院して治療を受けたが、甲六及び弁論の全趣旨によれば、右の入院期間中、看護を要したこと、原告らが付添看護を行つたことが認められる。一日当たりの看護に要する費用は、経験則上六〇〇〇円と認められるので、右入院期間中の付添費は、六〇〇〇円と認められる。

4  文書費 八六六〇円

甲七により認める。

5  葬儀費用 一二〇万円

弁論の全趣旨によれば、本件と因果関係の認められる葬儀費用は一二〇万円と認められる。

6  逸失利益 九九二万八三二二円

(一) 算定の基礎となる収入

(1) 甲六、原告伊藤英彦本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、訴外やゑ子は、本件事故時満七二歳の女性であつたが、夫と二人で、その所有する自宅で、生活を送つていたところ、本件事故の五か月前に夫と死別し、その後、単身で右自宅に居住し、職に就かず、年金や夫とともに築いた資産で生計を立てていたこと、近い将来、長男である原告伊藤英彦方で、同原告及びその家族と同居する予定であつたことが認められる。

以上認められる訴外やゑ子の生活状況等に鑑みると、訴外やゑ子は、無収入と認めるのは相当ではなく、賃金センサス平成六年第一巻第一表女子労働者学歴計六五歳以上の年間二九八万八七〇〇円の五割に相当する一四九万四三五〇円の収入を得ていたと認めるのが相当である。

訴外やゑ子は、本件事故当時満七二歳の女性であつたので、その平均余命は一五・一八歳であるので、したがつて、訴外やゑ子は、本件事故により、平均余命の二分の一の年齢に達するまでの七年間(原告らの請求どおり)にわたり、年間一四九万四三五〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。

(2) 次に、訴外やゑ子が、本件事故時、国民年金(老齢年金)として六五万八二四九円を受給していたことは、当事者間に争いがない。したがつて、訴外やゑ子は、本件事故によつて、国民年金(老齢年金)分として、平均余命の歳に達するまでの一五年間(原告らの請求どおり)にわたり、毎年、六五万八二四九円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。

(二) 訴外やゑ子の逸失利益の算定

以上の次第で、訴外やゑ子の逸失利益は以下のとおりとなる。

(1) 死亡時の七二歳から就労可能な七九歳までの七年間

年収一四九万四三五〇円と年金六五万八二四九円の合計二一五万二五九九円に、生活費を三〇パーセント控除し、七年間のライプニツツ係数五・七八六三を乗じた額である金八七一万八九〇八円と認められる。

(2) 就労可能年齢である七九歳を超えた後、平均余命までの八年間

右の六五万八二四九円に、生活費を六〇パーセント控除し、一五年間のライプニツツ係数一〇・三七九六から七年間のライプニツツ係数五・七八六三を減じた四・五九三三を乗じた額である金一二〇万九四一四円と認められる。

(3) 合計 九九二万八三二二円

7  死亡慰謝料 一六〇〇万円

本件事故の態様、訴外やゑ子の生活状況、家庭環境等、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件における訴外やゑ子の死亡に対する慰謝料は、一六〇〇万円が相当と認められる。

8  小計 二七三五万九一二〇円

二  過失相殺

1  被告らは、「本件事故は、被告車が対向車とすれ違つた直後に、訴外やゑ子が、被告車の直前を横断した結果、発生したものであり、被告が制限速度を二〇キロメートル毎時超過して走行した過失があることを考慮しても、訴外やゑ子の損害額の算定に当たつては、少なくとも一割の過失相殺が認められるべきである。」と主張している。

2(一)  前記争いのない事実の外、甲八の二、乙二ないし二九及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(二)  本件道路は、歩車道の区分がなく、片側一車線、幅員は六メートル、制限速度は四〇キロメートル毎時に制限されている、アスフアルトで舗装された道路であり、本件時、路面は乾燥していた。本件道路は、本件事故現場付近では直線で、見通しは良好であり、本件事故時の本件道路の通行量は多い状態ではなかつた。本件事故現場付近は、市道が本件道路と交差するT字路交差点となつているが、横断歩道及び信号機は設けられておらず、本件現場付近は横断禁止の規制はされていない。

本件道路上には、被告車のものと認められる右二二・九メートル、左一九・四メートルの二条のスリツプ痕が遺留されていた。

被告は、被告車を運転して、本件道路の事故現場手前約三九・二メートルの別紙図面〈1〉の地点で、対向進行してくる車両の陰から、前方約三八・九メートルの対向車線上のアの地点に訴外やゑ子を発見したが、そのまま走行し、対向車両とすれ違い、約一〇・四メートル進行した〈2〉の地点で、前方約二八・六メートルの対向車線上のアの地点を、訴外やゑ子が右方から左方に本件道路を横断してくるのを発見し、急制動の措置を取つたが、及ばず、被告車前部を、進行車線上まで横断を続けてきた訴外やゑ子に衝突させた。

スリツプ痕から認められる被告車の制動開始時の速度は、乾燥したアスフアルトという路面状況かに、摩擦係数を〇・七とすると、約六五キロメートルと認められる。また、被告渋谷が、訴外やゑ子を発見してブレーキを踏み、実際にブレーキが利き始めるまでの空走距離は、別紙図面の〈2〉地点からスリツプ痕の始まるb地点までの距離と認められるところ、右は、〈2〉から〈4〉までの三四・三メートルからスリツプ痕の二二・九メートルを減じた一一・四メートルから、スリツプ痕の終点から〈4〉まで若干の距離を減じた約一一メートルと認められる。空走時間を約〇・七秒とすると、これから認められる被告車の制動開始時の速度は、秒速約一五・七メートルとなり、時速約五七キロメートルとなる。これらに、被告渋谷の供述を合わせると、被告車の制動開始時の速度は、時速約六〇ないし六五キロメートルと認められ、被告車は、制限速度を二〇ないし二五キロメートル超過した速度で走行していたと認められる。

3  以上の事実によれば、本件は、制限速度を約二〇ないし二五キロメートル毎時超過した約六〇ないし六五キロメートル毎時の速度で進行してきた被告車が、前方の横断歩道ではない路上を横断中の走行者である訴外やゑ子を跳ね飛ばして死亡させたという事案が認められる。

被告渋谷は、さして幅員が広くはない一般道路において、早朝、通行車両が多い状態ではなかつたとはいえ、制限速度を約二〇ないし二五キロメートル毎時以上も超過した速度で進行するという重大な過失を犯していること、本件現場付近は直線で、見通しがよく、対向車両がいたとはいえ、被告渋谷は、約三八・九メートル前方に訴外やゑ子を発見しているのであり、歩行者の通常の速度に鑑みても、被告渋谷が訴外やゑ子を発見したときには、既に訴外やゑ子は、横断を開始していたと認められ、被告渋谷の前方不注視の程度は著しいことに鑑みると、被告渋谷の責任は重大である。

右のとおり、本件現場が直線で見通しがよいため、訴外やゑ子にも左方不注視の過失があつたと認められるものの、前記のような距離関係からみて、直前横断とは認めがたいこと、早朝、前方を横断中の歩行者を自動車が跳ね飛ばしたという本件事故の態様に鑑みると、被告渋谷の責任は極めて重大と言え、しかも、本件道路の通行量は決して多量とは認められないため、訴外やゑ子が本件事故現場を横断していた事実は過大に評価できないと考えられることをも合わせ考えると、本件においては、訴外やゑ子の損害額の算定に際して、訴外やゑ子の過失ないし落ち度を斟酌するのは相当ではない。

三  既払金 一七六二万一一三八円

原告らが、自賠責保険から一七四〇万六三〇〇円の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、被告らが、原告らに治療費二一万四八三八円を支払つた事実は、甲八により認める。

四  損害残額 九七三万七九八二円

五  相続分 各三二四万五九九四円

原告らは、それぞれ右損害賠償請求権の三分の一ずつを相続したので、原告らの相続した損害額は、それぞれ三二四万五九九四円となる。

六  弁護士費用 三四万円

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、原告ら各自について三四万円と認められる。

七  合計 各三五八万五九九四円

第四結論

以上の次第で、原告らの請求は、被告らに対し、連帯して、原告らそれぞれに対し、金三五八万五九九四円及びこれらに対する本件事故の日である平成五年一二月一九日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

交通事故現場見取図

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